現地リポート

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【歴史】日本にも英語で会話をする夫婦がいた!

2017年5月25日

 

以前テレビであっていたのですが、皆様は幕末〜明治にかけて
日本で英語で会話をしていた日本人夫婦が居たことをご存知でしょうか?

当時薩摩藩に居た大山巌(いわお)と、妻は会津藩に住む捨松(すてまつ)。

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当時の日本は日本語(標準語)がまだ確立しておらず、藩ごとで言葉が全く
違っておりました。北の会津と南の薩摩。縁あって結婚した2人ですが、
大山巌はフランス語やイタリア語が堪能、しかし強いアクセントのある薩摩弁。
妻の捨松は幼少期より11年間アメリカで留学をしており英語が堪能。
しかしこちらも強いアクセントのある会津弁。そのため英語での会話が
1番意思疎通が出来たと言います。

実はこのお二方とても凄い方々で、もしご興味ある方はインターネットでも
簡単に名前で検索出来ますのでお時間はあれば覗いて頂けたらと思いますが、
特に妻の捨松は幼少期から大学ぐらいまでの思春期をアメリカで過ごしているため、
感覚がとても日本人離れしていたと言います。
帰国後はじめはいろいろなバッシングにも合うわけですが、立派に子供も育て上げ
ながら、日本で初の看護学校設立や、女性が活躍出来る世の中を作れるよう、
学習院女子中や津田塾大学の設立に加担していたりとその業績も素晴らしいものです。

夫の巌も参議陸軍卿・伯爵という肩書きの持ち主でしたが、当時にしてはこれまた
珍しい西洋びいきな人物だったそうで、仕事ももちろん、時間があれば家族との
時間をとても大切にした人物で、2人はおしどり夫婦だったと言います。

この時代背景からするととても奇抜な夫婦だったかもしれませんね!
それにも増して、互いの日本語が通じないからと、英語で会話をしていた日本人夫婦が
この時代に居たことに驚きを隠せなかったのは当方だけでしょうか?(笑)

英語は人と会話をするツールでしかありません。
しかし知っていることで今よりもっともっと広い世界の人達と出逢い、話せることに
なります。一度きりの人生であれば、世界のたくさんの人と出逢い、いろいろな世界を
自分の目で見て見たくありませんか?

そんな小さな手助けを私たちも日々させて頂いております。
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