お知らせ

当事者不在だった英語入試改革

【少数でもサイレントでもない!】

今月(8月)出版された、鳥飼玖美子『10代と語る英語教育
民間試験導入延期までの道のり』を興味深く読みました。
オビに「記述式? 民間試験? 会話重視?
犠牲になるのは、私たち高校生です」とあり、
思わず手に取った本です。

ご承知のように、2019年11月、
英語民間試験の入試への導入延期が発表されました。

いろいろな準備が整っていないのに突き進み、
大きく混乱を招いた結果の頓挫。
生徒さんはもちろん、親御さんや学校関係者も「犠牲」になりました。

民間試験導入については、かねてより著者の鳥飼さんも含め、
何人もの専門家が懸念を表明してきたものの、
なかなか世論は動きませんでした。

ところが2019年10月、萩生田光一文部科学大臣が
英語民間試験の不公平性を問われ、
「身の丈に合わせて頑張ってもらえれば」と
“わかりやすく”発言したことで、
制度の欠陥の一つである経済格差・地域格差が
広く知られるところとなりました。

同著では、民間試験導入反対を訴えるため、
実際に抗議活動に参加したり、シンポジウムで発言したりした、
高校生2人+大学生1人と鳥飼さんが対談しています。

当事者である若者たちは、戸惑ったり怒ったりしてはいますが、
一方で、実に冷静で分析的に現状を見ています。
「当たり前だ」と叱られそうですが、
よく考えているなあと勉強になりました。

1つご紹介します。
去年の8月16日、英語入試改革に反対するツイートに対し、
柴山昌彦文科大臣(当時)が
「サイレントマジョリティは賛成です」と返しました。
覚えておられる方もいらっしゃることと思います。

これに高校生のクリスくんは、
本当に「歴史は繰り返すんだ」と衝撃を受けたそうです。
問題になったアメリカのニクソン大統領の演説と同じことを、
自分が住んでいる日本の政治家も言っていると。

問題になったニクソン大統領の演説とは、
1969年11月3日、ベトナム戦争について国民に語ったもので、
「Nixon’s“Silent Majority”speech」として知られています。

ベトナム戦争は自分が始めたのではなく、
前任のジョンソン大統領が米軍をベトナムに送り込んだ。
自分が大統領に就任してから何とか終わらせようと、
非公式なチャンネルも使って北ベトナムと交渉してきたが、
うまくいっていない。
もう5年目に入って米軍の被害も大きいので直ちに撤退する案もあるが、
安易に妥協することは東南アジアの平和を危うくするので、
少しずつ兵を減らして戦争を終結させる――
そして演説の最後にこう呼びかけたのです。

「So tonight, to you,
the great silent majority of my fellow Americans,
I ask for your support.」
(そこで、今夜、
偉大なるサイレントマジョリティである同胞のアメリカ人の皆さん、
ご支持をお願いする次第です)

ニクソン大統領は、ベトナム戦争に反対する運動が盛んな中、暗に、
反対しているのは少数であり、多数は反対ではないと示唆したことから、
後にこの演説は「Nixon’s“Silent Majority”speech」と呼ばれるようになりました。

クリスくんがこのことを知っていたのは、
クリスくんの父親はアメリカ人(母親は日本人)で、
高齢のお父さんが若いころ、ベトナム戦争の当事者として
戦争に反対していたことが影響しているそうです。

今回、「サイレントマジョリティ」に強く反応したのは、
民間試験導入に反対しているのは
「少数でもなければサイレントでもない」と示したかったからです。

突き抜ける_2

【当事者から異議が続出】

同著では、鳥飼さんと対談した3人の他に、
文科省「大学入試のあり方に関する検討会議」第7回会議
(今年5月14日開催)に招かれた
高校生2人の意見も取り上げられていました。

〇都立西高等学校3年 米本さくらさん
「民間試験の特徴や難易度の違いにより比較が難しい、
試験ごとの受験料の差が著しい、CEFRの評価がわかりづらい」
「高校生になじみのあった英検には多数の受験者が集中し、
わずかな時間で定員に達し申しこめなかった生徒が多数いた」
「受験競争が前倒しになることが不安」
「十分なスコアが出たらその時点で4技能の学習をやめてしまいかねない」
「そもそも大学入試のために授業を構成するということがあって良いのか」
「4技能すべてを共通テストで測ることには無理があるのではないか」

〇山口県立岩国高等学校3年 幸田飛美花さん
「共通テストで4技能を評価すべきではない。
そもそも共通テストの段階でどうして4技能を評価する必要があるのかわからない」
「民間試験を活用するにしても、加点方式なのか換算方式なのか、
受験資格なのか、詳細をはっきりさせてから導入すべき」
「受験会場を地方にも設置してほしい」
「大学入試改革より先に、授業改革、教育そのものを
改革する必要があるのではないか」
さらに、幸田さん自身が集めた高校生の声から、
「共通テストで4技能を評価するべきか否かについては反対派の方が圧倒的に多い。
賛成派も共通テストの枠では難しいと考えている」
「そもそもなぜセンター試験ではだめなのかわからない」などを紹介。

こうした声は、どれだけ届いていたのでしょうか。

ちなみに、「話す力」を入試で測ることには、池上彰さんも、
「50万人を対象のスピーキングテストなど、土台無理な話。
どうしても実施したければ、最初の一斉テストで志願者を絞り込み、
各大学の2次試験で独自に実施すればいい」と言っています。
(池上彰『知らないと恥をかく世界の大問題11 グローバリズムのその先』)

やはり学校での英語教育はどうあるべきかという
根本の議論に戻ってくるのでしょう。

もちろん、生徒が混乱に巻き込まれないようにする配慮も必須です。
非常に難しい局面でしょうけど、
拙速は戒めるべきというのが今回の最大の教訓だとしたら、
「日暮れて道遠し」感も否めません。

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