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忘却を恐れてはいけない――『思考の整理学』

【「倉庫」と「工場」の使い分け】

英文学者の外山滋比古さんが、7月30日、亡くなられました。(8/6讀賣新聞オンライン)
専門の英文学のほか、日本語論や教育論でも活躍されました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

数多い外山さんの著書のなかで代表作の一つである『思考の整理学』は、
「東大生や京大生に読まれる本」として話題になり、
ロングセラーになりました。

私は東大生でも京大生でもありませんが、
少なくとも3回は読んだ本です。

特に印象的だったのは、忘れることを恐れてはいけないという点。

人間の頭は、保管場所としての倉庫の役割もさることながら、
新しいことを考え出す工場でなくてはいけない。
倉庫の整理は、そこにあるものを順序よく並べる整理に対し、
工場の整理は、作業のじゃまになるものを取り除く整理、すなわち忘却。
人間の頭を倉庫として見れば危険視される忘却だが、
工場として能率をよくしようと思えば、
どんどん忘れてやらなくてはいけない、というのです。

初めて読んだ時は、「そうかあ」と勇気づけられたものです、
ただ私の場合、じゃまになるものを忘れるというより、
そもそも憶えることができていない感が大いにありますけど……。

例えば棋士の羽生善治さんは、「倉庫」と「工場」を
高いレベルで使い分けている一人と思います。

羽生善治+NHKスペシャル取材班『人工知能の核心』という著書のなかで、
羽生さんは次のように述べています。

――最新の動向を吸収していると時間がなくなり、
自ら創造的な手を編み出す研究に時間を割けなくなります。
しかも、情報を収集して対策を練りすぎて、
おかしな思い入れが生まれることもあるのです。
例えば、新しい戦型を頑張って研究したのに、
勝負の頃にはその戦型が時代遅れになっていることがあります。
すると、つい容易に捨てられずに、判断が遅れてしまうのです。
ですから、過去の蓄積を惜しまずに捨てていく覚悟も、常に持っています。――

もちろん羽生さんに限らず、何事も一流と称されている人たちは、
現状に合わせて柔軟に思考を整理されているんだろうなと感じ入ります。

いろんな情報が飛び交う新型コロナ禍においても、
その姿勢は心がけたいものです。

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