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大規模な災禍と戦う唯一の武器――カミュ『ペスト』に学ぶ

【できることを一つずつ】

ビジネスや留学などの長期滞在者を対象にした
入国制限の緩和が今月から始まりました。
それを受け、国内の各空港は検査態勢などを拡充し、
関西空港では検疫検査場内に抗原検査の専用機器を導入し、
1日当たり最大1800人までの検査に対応できるようになりました。(10.11日経電子版)

入国制限緩和に関しては賛否両論ありますが、
やる以上は、より一層の水際対策が当然求められますね。

突然ですが、ここでクイズ。
最多の国際線が発着している成田空港の検疫では、
新型コロナの検査のため唾液を採取するブースで、
唾液を出しやすくするための工夫がしてあります。
それは何でしょう?

答えは、壁に貼ってある梅干しとレモンの写真。
9/20放送フジテレビ『日曜THEリアル! 池上彰スペシャル』で知りました。
日本人には梅干し、外国人にはレモンということでしょうか。。

もし検査結果が陽性だったら、陰圧装置付き車いす
(ビニール内の気圧を下げ、ウイルスが外部に
漏れないようにしている)などで陰圧室に運ばれ、
その後指定病院へ送られるそうです。

厚生労働省成田空港検疫所の田中一成所長は言います。
「やはり確実に乗客の中に何名かは新型コロナの感染者がいるので、
職員もそういった方から感染しないように緊張感をもって対応しています。
水際対策をきちんとやっていくことは、
国内の関係者が一生懸命努力をして感染を抑え込んでいく中で、
新たなクラスターの種を国外から持ち込ませないということで、
非常に重要なことだと考えています」。

同番組では、甚大な水害に遭った熊本県人吉市で、
避難所に携わった人吉市役所職員、鳥越輝喜さんの話も紹介されました。
「“もしも”のときだけではなく、手指の消毒、マスク、検温など、
そういうものを常日頃一つ一つ積み重ねていく。
いつ何時どういうことが起きるかわからない状況なので、
一つ一つできることを準備しておくということが大事だと思います」

このような方々を見ると、感染防止の努力は続けなければと、
つい緩みがちな私ですが、改めて気を引き締めざるを得ません。

3密説明看板

【敗北し続ける“強者”】

新型コロナの感染リスクにさらされながらも、
それぞれの立場で自分の仕事をまっとうしている方たち――

私には、カミュ『ペスト』(宮崎嶺雄=訳)の主人公、
医師のリウーと重なって見えます。
ペストという苛烈な疫禍が猛威を振るう中、
神をあてにせず、ただひたすら患者と向き合うリウー。

リウーは、ペストに立ち向かうことを、
「ヒロイズムなどという問題じゃないんです。
これは誠実さの問題なんです。
こんな考え方はあるいは笑われるかもしれませんが、
しかしペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです」と言い、
誠実さとは何か聞き返されたリウーは、
「一般にはどういうことか知りませんがね。
しかし、僕の場合には、つまり
自分の職務を果すことだと心得ています」と答えます。

『ペスト』には、平凡な町の役人グランという人物も登場します。
ペスト禍で途方に暮れる人々が多い中、
人々をケアするボランティア集団「保険隊」に志願し、
ささやかな仕事でいいから役立ちたいと、
患者の数をまとめたり、輸送車の運転を続けたりして、
存在感を増していきます。

リウーは、もしヒーローを挙げるとするならば、
それはグランと言っています。
「まさに微々として目立たぬこのヒーロー――
その身にあるものとしては、
わずかばかりの心の善良さと、
一見滑稽な理想があるにすぎぬ」と。

さらにリウーは、ペストがあなたにとってどういうものかと問われ、
「際限なく続く敗北です」と打ち明けます。

ただ私は、そう言ってしまえるリウーに、強さを感じます。
負け続けたとしても、決して弱者には見えません。

『ペスト』と今日の新型コロナ禍を同一視はできませんが、
今まで経験したことのない不条理(筋が通らない)な状況、
個人の努力ではどうしようもない無力感・虚無感もある状況、
そうした中でできることを、リウーは示してくれていると思います。

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