その他

「知る」ことが多様性社会を生きる第一歩

【日本に帰りたくない理由】

今年のノーベル物理学賞に選ばれた気象学者の真鍋淑郎さん。
1960年代から気候変動の先駆的な研究に取り組んできて、
大気全体の流れをシミュレートする数値モデルを開発しました。
この分野でノーベル物理学賞受賞は快挙という声も多くあがっています。

真鍋さんは愛媛県四国中央市出身で、アメリカ国籍です。
会見で真鍋さんは、国籍を変更した理由として、
「日本は和を重視し同調圧力が強い。アメリカではやりたいことができる」
という旨のことを語っています。(10/6付『HUFFPOST』)
「私はまわりと協調して生きることができない。それが日本に帰りたくない理由の一つです」
と会見で笑いを誘ったそうですが、考えさせられる発言ですね。

同調圧力は、よく働けば規律正しい集団活動を促す一方、
悪く働けば、個性を潰しイノベーションを阻んだりします。

同調圧力のマイナス面は、多様性を認めないこととも言えます。
では、多様性を認めるとは、具体的にどういうことなのでしょうか。

ぼくはイエローで…2

【面倒くさいけど無知を減らす】

近頃刊行されたブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』。
私が勝手に「多様性の教科書」と思っている本で、昨年本欄
(2020.11.11『とんでもなく面倒な多様性が「いいこと」である理由』)で
取り上げた同タイトルの本の続編になります。

アイルランド人の夫、13歳になった息子とイギリス・ブライトンで暮らす著者。
息子が通う公立中学校には、いろんな人種の生徒がいて、
日々、さまざまな「違い」に直面します。

このシリーズがいいのは、単純に多様性を礼賛していないところ。
多種多様な摩擦を受け止めながら、そこから何かを感じ取る息子と著者。
著者の巧みな描写もあいまって、読んでいるこちらも、
楽しみながら多様性について考えるヒントが得られます。

一例を挙げます。

2019年3月15日、ニュージーランドのモスクで銃乱射テロ事件が起きた時、
アーダーン首相がスカーフをヒジャブ風に巻いていた映像が話題になりました。
愛と思いやりの象徴、多様性と連帯の重要性を示したと賞賛された一方、
著者のイラン人の友人(ムスリムのフェミニスト)は、
この映像を見て気分を害しているムスリムや元ムスリムの女性は
たくさんいると思うと指摘します。
ヒジャブは女性への抑圧と差別のシンボルだからと。

著者にも似たような体験があり、自分が日本人だと言ったら、
たまに胸の前で手を合わせてお辞儀をする人がいますが、
いちいち訂正せず笑って流すそうです。
それは、訂正するのが面倒なのと、
親しみを示すためにやっているだろうなと思うからです。
そのことを息子に、次のように話します。

――「でもそれは母ちゃんが、この人たちの日本への理解は
この程度だって諦めているからとも言える。
でも、諦めない人たちもいるんだよ。
あなたたちが本当に多様性や寛容さを大切にするのなら、
ヒジャブとか手を合わせてお辞儀するとかで終わるんじゃなくて、
その先に進んでくださいって。
本当に日本の人は手を合わせてお辞儀しているのかとか、
なぜムスリムの女性たちはヒジャブを被っているのかとか、
その先にあるものをちゃんと考えてくださいってね」――

事は外国人相手だけとは限りません。
相手の事情や行動原理、内在論理を知る(知ろうとする)こと。
多様性を認めるとは、そこからスタートすると思います。
異質な他者でも、言動のバックボーンとなっているものを知れば、
許容度、寛容度にも大きな差が出てくるでしょう。

念のため申し上げますが、「知る=賛同する」ではありません。
同意はできないけど理屈はわかる、という“やわらかさ”は、
多様性社会を生きる上で必須のマインドではないでしょうか。

ブレイディみかこさんが、『ぼくはイエローで~』の前作で
息子に語っている多様性の真髄を、ここでも掲げます。

――「多様性は、うんざりするほど大変だし、めんどくさいけど、
無知を減らすからいいことなんだと母ちゃんは思う」――

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