利用者の声

海辺の人のシルエット

一覧に戻る

ニュージーランドの国旗 ニュージーランド | 語学留学・ホームステイ

紙の上の勉強だけでは通じませんでした

髙木 将嗣さん

ニュージーランドの高校を卒業、順天堂大学に入学された髙木君(以下=)に、オーバーシーズ西村(以下=西)のインタビューに応じていただきました。

写真は、髙木君とお父様

西:まずは基本的なことだけど、ニュージーランドの学校はどういうサイクル?

:小中高は4学期制(※)で、新学期は2月から、4学期は12月中旬で終わりです(※)

(※)1学期は9~10週間ずつあって、学期間に2週間程度の休みがあり、4学期が終わると夏休み。

西:髙木君はいつからいつまで留学したの?

:Year10(日本で言えば中3)の4学期(9月)からスタートで、Year13(同高3)までです。最初の6カ月間は語学学校に行きました。帰国したのは去年(2018年)の11月29日です。

西:そして日本に戻って、大学の帰国子女枠の試験を受けたんだよね。その準備はいつから?

:最終年度になる去年の4月ぐらいから準備してました。

西:行きたい大学の絞り込みはどういうふうにやったの?

:帰国子女枠があって、スポーツ科学系が勉強できるところを志望しました。

西:もともと髙木君は、水泳選手としてジュニアオリンピック候補まで行ってたけど、途中から指導者としての進路も模索してきたんだよね。で、大学はいくつ受けたの?

:筑波と順天堂の2校を受けて、順天堂に合格しました。

西:学部は?

:スポーツ科学科の英語特別選抜枠です。

西:大学の試験はいつだったの?

:順天堂は9月で2週間後に合否発表、筑波は11月~12月で年内に合否発表でした。

西:4月からの東京生活に備えて、アパート探しなどでいつ頃上京した?

:順天堂では、1年目は学生寮で、2年目からアパート探しをするんですけど、友人が順天堂にいて、アドバイスをもらっています。家探しで特に苦労はしていません。

西:それでは、改めて今にいたるまでの話を3年前に戻って聞きます。最初は……

:(日本での)中3の時の2月に2週間、体験留学でニュージーランドに行きました。

西:語学学校のKiwi English校のケイト校長が来日していて、髙木君のお父さんとも話し、これならと決まったんだよね。

:はい。

西:それまでは、水泳の線で留学する話もあって、それならアメリカかオーストラリアとかで。費用はかかるんだけど、テニスの錦織選手も行ったIMGアカデミーにって話もあったよね。

だけど検討して、“しっかり”と“のびのび”のバランスがよく、安全面でも高評価のニュージーランドに行くことになったんだよね。

:はい。

西:最初はKiwi English校で英語の勉強から入ったんだけど、すごく評判よかったよ。ケイト校長は、「今まで送ってくれた生徒のなかで一番優秀」だってお気に入りだったもんな。

:そうなんですか(笑)。

西:ホームステイはどこに?

:ちょっと遠かったんですけど、学校からバスで50分ぐらいのところでした。みなさんニュージーランドの方です。

西:それで、ガーディアン(現地保護者)は太田啓介さんだったそうだけど、……かわいそうにね(笑)。

:いやいや(笑)。

西:彼はパッと見強面で、「言うこと聞かないとぶん殴るぞ」なんて言われたと思うんだけど(笑)

:言われてましたね。

西:うちから送った生徒は何人も言われてます(笑)。

:そうなんですか(笑)。

西:でも、結局ご家族ごと仲良くなって、一緒に旅行に行ったりなんかもしてるんだよ。太田さん、実はすごくいい人で、律儀で熱い男なんです(笑)。

その太田さんがいろいろ髙木君のサポートをしてくれたんだけど、どういうガーディアンがつくかが留学の大きなポイントだと僕は思ってます。

なかには、名前だけのガーディアンもいて、全然学校の事情を把握してない場合もあるんだよね。

例えば病欠しても、学校にその届を出してなく無断欠席扱いになってて、「今度無断欠席したら退学になるよ」って話になった段階になって、すごくもめたこともありました。

そこを、自分のお客さんでもなかったのに太田さんが世話をしてくれて、無事におさまって卒業できたってこともあったんだよ。ガーディアンは重要ですよ。

:そうですよね。

西:半年間Kiwi English校に通って、日常会話はもうOKになった?

:はい。

西:語学学校ではなく、いきなり現地の学校に入るプログラムもあったんだけど、実際行った立場でどう思う?

:中3で行く時、最初はなんとなく自信あったんですけど、実際は当時の英語力では難しかったですね。

ホームステイ先で「荷物の整理をしておいで」って言われても、その英語すらわからないレベルだったんで、それでいきなり現地校に入ってたらまあ無理だったと思います。

紙の上での勉強はやってきたんですけど、話す勉強は全然やってなくて、それこそ話にならなかったです。

西:半年間語学学校に通って英語を学び直した後、Year10の4学期から現地校に入学するんだけど、これはどんな流れで? そろそろ現地校に行こうかとなったの?

:語学学校は2、3カ月通えば十分だろうと思ってたんですけど、その期間が過ぎ、現地校へ入るかどうか打診された時、英語力に自信が持てず先に延ばしてもらいました。

そして6カ月目になると、ある程度はしゃべれるようになったので、後は学校を決めようかとなりました。

西:現地の学校選びはどういうふうに?

:スポーツが強くて、学力もしっかりしているところをケイト校長に絞ってもらって、3、4校の候補を1つずつ案内してもらいました。

実際に入学したのはSacred Heart校ですが、そこを訪ねた時、何かわからないけど「ここだ」と思いました。

ケイト校長も一番ここを勧めてくれました。男子校だったんですけど、すごくよかったです。

西:女子はいなかったの? でも、パーティーみたいなのあったよね?

:女子校の姉妹校があって、男子も女子も正装で出席する「ボールパーティ」っていうのがありました。

西:向こうの女子は、背中の開いたドレスとか着て、高校生には見えないよね。

:見えませんね(笑)。

西:ちゃんとエスコートしなきゃいけないんでしょ?

:はい。めちゃくちゃ緊張しました(笑)。男子校で普段から女子に接してないですし。どうしようかとプランを練ったりして。

西:いい経験だったね(笑)。Sacred Heart校に入ってみてどうでした?

:最初は現地の子しかいなかったんで全然話せませんでした。ただ、体育の授業でAquathlon(アクアスロン)という泳ぎと走りを一緒にする競技があり、自分の得意分野でもあったのでずっと1位になって、そこから話しかけてくれるようになりました。

西:それはよかったね。

:これがなかったらだめだったかもしれません。

西:楽器ができるとか、スポーツがうまいとか、得意分野があるとなじみやすいもんね。

:よかったです。

西:最初のスタートでうまくなじめて、次はYear11(日本で言う高1)の新学期(2月)。その前に年末年始は一旦帰国したんだよね。

:そうです。

西:新学期はどうでした?

:自分が入った学校は圧倒的なスポーツ校で、注目もされているんですけど、新学期のスタートでまず全員参加のAquathlonの大会があって、そこで自分が留学生として初めて優勝しました。

西:へえー、それは前代未聞だったでしょ。

:えらい言われました(笑)。体育でエクセレント評価を取れて、その勢いで他の単位も取れました。

西:ちなみにYear11の時はどういう単位を取るの?

:経済、体育、英語、宗教学、数学、理科全般です。

西:学校の雰囲気が良かったのは大きかったよね。

:それは間違いないです。

西:野郎ばっかりでも?(笑)

:そうですね(笑)。でも面白かったです。

西:1学期、2学期と過ごして、なじんだ感じ?

:はい。だいぶ友達もできましたので。

西:ホームシックにはならなかった?

:中3で一番最初にニュージーランドに行った時と、その後一時帰国してニュージーランドに戻った時の3~4日間はホームシックになりました。

西:その時はどうしてた?

:最初はKiwi English校に通ってたんですが、宿題をこなすのに精一杯で、気づいたらホームシックは治ってました。

西:Kiwi English校では日本人以外にどんな国の人がいました?

:韓国、中国、インドの方がいました。

西:14~15歳の同世代の子たちだよね。

:そうですね。

西:授業は1日5時間ぐらいだっけ?

:はい。

西:1クラスは10人ぐらい?

:そうです。

西:それぐらいの人数で半年しっかりやったら、ある程度はしゃべれるようになるよね。

:はい。

西:Year11をスムーズにすべり出して、以降は順調だったわけですが、学生時代の一番の思い出ってなに?

:そうですねー、学校では、体育の実技が一番ですね。Year12(日本で言う高2)とYear13(同高3)は体育が選択になり、

選ぶ子たちは体育が得意な子たちばかりなんですけど、そんななか、Year12で必修のクロスカントリー、Year13で必修のトライアスロンで自分が全部1位になって、それで本当に認めてもらえました。

西:まじでスゴイな。

:一時帰国した時も、次にトライアスロンがあるからとトレーニングを続けてました。そういう目標があったから、早く勝負したくてニュージーランドに帰りたいと思うこともありました。

西:その間、TOEICとかIELTSの勉強はしたの?

:全くしませんでした(苦笑)。

西:純粋に授業中心で。

:授業でも英文法とかやらず、会話で育んだ英語ですね。試験のための勉強はまったくでした。

西:日本語でもそうだもんなあ(笑)。会話を通しておかしなところなんかを学ぶよね。「そこは“が”じゃなくて“を”じゃない?」とか(笑)。

でも、それで十分に実用的な会話力とか、日常全般にわたって英語の底力はつくよね。

:そうですね。

西:日常生活で困ったことは?

:日本の交通機関は時間に正確ですけど、ニュージーランドではその辺アバウトで。本数も少なくて不便でしたが、最後は慣れました。

それと、物価は高かったですね。

西:ニュージーランドは物価が上がったよね。1ドル50円ぐらいの時もあったんだけどね。5ドルぐらいでランチをしっかり食べられたよ。

:食事面も、自分は何でも食べられるんで、困ったことはありませんでした。買い物も特にしませんし。

西:ホームステイ先の家族構成はどんなだったの?

:Kiwi English校の時のホームステイ先は、お父さん、お母さんに、3歳と1歳の子ども2人でした。

Sacred Heart校の時の最初のホームステイ先は、ブラジルの方で、お父さん、お母さんに、子ども1人でした。

そこの都合が悪くなりホームステイ先を変え、最後の2年間はフィリピンの方で、お父さん、お母さんに子ども3人でした。

西:いろいろ経験して面白かったでしょ。

:そうですね。

西:子どもたちとは仲良くなれた?

:なれました。最初のホームステイ先の小さな子どもたちが癒しの存在で、英語が全然通じなくても、3歳の子にたまに通じることもあって、それがめちゃくちゃうれしかったです(笑)。

子どもたちとはずーっと一緒にいました。現地校のSacred Heart校に行き始めてからも、ブラジルの方の子どもと、フィリピンの方の一番上の子どもが自分と同じ学校で、

スポーツもバスケやサッカーをやるっていうんで、それをきっかけに仲良くなれました。

西:ホント充実してたよね。うちでお受けした生徒さんのなかでも突出して評価高かったもんね。ケイト校長も「またああいう子に来てほしい」って言ってたもんな。

:Sacred Heart校で留学生の卒業生代表でスピーチさせてもらったんですけど、ちょうど父が来ていて、その前でできたんで、とてもよかったです。

西:そうなんだあ。お父さんめっちゃ喜んでたやろ?

:はい(笑)。

西:行かせてよかったと思われてるだろうなあ。自転車の運転と一緒で、英語力は一生盗まれることはないからね。

:そうですね。

西:Sacred Heart校の同級生とは今でも?

:ずっと関係は続いてます。こないだも福岡の自分ちに泊まりに来てくれました。父も「部屋をかたづけろ」から始まって、ずいぶん楽しみにしてました。

西:それは宝物だね。どこか連れて行ったの?

:太宰府天満宮と、うなぎが食べたいと言ってたので柳川に行って、川下りもしました。天神で買い物もしました。とても喜んでもらえましたよ。

西:もともとスポーツ系の指導者という目標はあったんだけど、今後大学の4年間でどうしていきたいですか?

:まずはスポーツの幅広い分野の基礎的なものを学んで、そのなかから自分が好きだなとか、ここに特化したいなという分野を見つけるのが1年目の目標です。

2年目以降はその分野の研究を自分なりに頑張って、自分の専門以外が得意な友達をつくって、将来その人たちと得意分野を補完し合って仕事ができたらと思っています。

西:大学はアメリカに行くと思ってたけど?

:アメリカも考えたんですけど、自分の英語力で授業が理解できるようになって、授業が面白くなって、じゃあこれを自分の母国語の日本語で勉強した時に、どれだけ授業を面白く感じられるんだろうというのがありました。

やっぱり最終的には日本を拠点にしたいんで、大学で日本のスポーツ事情を学びたいとも思いました。

それに、2019年はラグビーのワールドカップ、2020年は東京オリンピック・パラリンピックがあり、近場にいたいという思いもありました。

西:これから先もいろんな人との出会いがあるだろうし、チャンスもいろいろあるだろうから、頑張ってね。

:はい、頑張ります! ありがとうございました。

一覧に戻る